中田英がジダンやイチローになれない理由

イチローと中田英の比較です。
シロウト目の私の私見。

イチローと中田英は、日本を代表するアスリートです。

野球とサッカーでは、スポーツの規模や、プレーの質などが違います。どちらのプレーが素晴らしいかは、比較は不可能です。

しかし、先のWBCとサッカーW杯で、(人々へ与えた感動の大きさ×対象人数)を比較したとき、イチローの方が勝っていたと私は思います。

このわたしの主張は、ほとんどの人に受け入れられるはずです。

「日本の注意すべきプレーヤーの名前は?」と聞かれたクロアチア人が、「そりゃイチローだよ」とか答えていたのを、ニュースでみました。(これはジョークだと祈りたいです)


イチローと中田英の最大の違いについて、考えて見ました。

私は、

「祖国に対する、ナショナリズム」

が、中田英よりイチローの方が断然勝っていたと思います。


イチローは

「日本の誇りに頑張る」

ということを、強調していました。

しかし、中田英は、「自分のため、チームのため」に意識をおいていた気がします。


「お国のために戦うなんて、昔の戦争時代みたいで、時代遅れで、意味の無いことだ」

といわれそうです。

しかし、色々な国家、文化が存在することが、普通の状態だと思うのです。

自分の属する国家に誇りを持ち、その意識から、集中力とチームワークを引き出せる国は、強いです。
ドイツ、イタリア、ブラジルなど……。


今回のW杯決勝は、イタリア対フランスでした。

フランスの主将ジダンは、今大会、国家の威信を取り戻すべく、代表引退を撤回し、更に「今大会で現役引退」という背水の陣を引いて、カムバックしてきました。

ジダンのその姿勢、プレーを、中田英と比較すると、

勝利へ情熱のベースとなる、ナショナリズムの欠如という、致命的な「意識の浅さ」があったと思います。


中田英の、これまでのプレー、技術力、キャプテンシーは、日本の他の選手の追従を許しません。


中田英のマスコミに対するコメントは、論理的で明快です。しかし、何か物足りない。
それが「ナショナリズム」だと思うのです。


中田英は日本のサッカー界で頂点にいる存在です。

日本のサッカーに足りない部分を把握し、「新たな日本のサッカーのビジョン」を、作っていくには、彼の力が絶対に必要だと思います。

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